地震発生から一週間が過ぎ、日本に帰る日まであと数日。

依然として妥協を許さない状況だが、勇敢な人達の懸命な作業があっての今。

一時は福岡に避難することも考えたが、最悪な状況にならないかぎりその策は取らないだろう。

ここのところ、いろいろな人のブログ等を通じて千葉や湘南でサーフィンをしている人たちがいるのを知った。

これについては様々な意見があるだろうが、それを議論する必要はない。

ひとつ、放射能が海に漏れていると考えるとそれは心配だが。

考えてみて欲しい。
サーファーはなぜ波に乗るのか。

サーフィンはいつもぼくの心を癒してくれた。

サーフィンは多くの友達を与えてくれた。

サーフィンは自然の大きさと人間のちっぽけさを教えてくれた。

サーフィンだけに及ばず、自然に触れるスポーツは人生のなんたるかを教えてくれる。

サーファーはなぜ波に乗るのか。

是非もう一度考えたい。
今サーフィンしてる人を非難するサーファー。
今サーフィンしない自分を素直に受け入れられない自分の中のサーファー。

サーフィンをしないことは被災した人を救うことにはならない。
だから海に行こうとは思わないけど。

でもきっとサーフィンしている人は、またサーフィンから何かを教わり日々を過ごすのでしょう。

日本に帰ったら精いっぱいの力と愛で恋人を抱きしめ、無事を喜び、共に生きる素晴らしさを分かち合うだろ
う。

一緒にご飯を作り食べ、精いっぱいの支援と節電・節ガスに尽くし、空いた時間でサーフィンをして。

そんなことが出来ればきっと幸せだろう。

有名なカメラマン・ジムルッシが昔雑誌で言っていたこんな言葉がある。

「今そのとき自分が幸せでなければ、どんな場所にいようとどんな場所に行こうと、幸せではないのさ。」

簡単に言うと、幸せの価値観は自分のみが決めるということ。

場所、食べ物、お金、愛。
それらをどう感じ受け入れるかが大切なことであって、それらが何かはさほど重要ではない。

もう一つ。
母の言葉でこんなものがある。

「全ては相対性によって成り立っている。」

どういうことかと言うと、白があれば黒があり、明日があれば昨日がある。
喜びを知るためには苦しみを知らねばならず、明日を生きるためには昨日がなければならない。

だから痛みや苦しみを嫌わず、それを知れることを喜びなさい。

と教えられた。

それ以来、何があっても前を向いて生きれるようになった。

きっと僕は今回の地震を体験しなかったことにより、復興したときの喜びを感じることは出来ないだろう。

少し不自由な生活は、自由な生活のありがたみを教えてくれるだろうけど。

乱文となってしまい申し訳ない。

ぼくのブログを読んでくれたことで、何か少しでも感じてもらえたら幸せです。

またみんなでサーフィン出来る日が来たら、幸せを分かち合いましょう。

その日が来るのが楽しみです。
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そしてりょうちゃん。
いつもいつもありがとう。
あなたがいなければ今の僕はいませんよ。
かけがえのない存在です。

帰ったら思いきりハグして、いつもの日常を楽しもうね。

そしてまたサーフィンしよう。

大好きだよ。
ありがとう。

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